秋保温泉ホテル佐勘 伝承千年の宿 佐勘

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温泉の歴史

 温泉旅行は、現代人にとって今や欠かすことのできないレジャーの一つになっている。(財)日本交通公社の調査(2003年)によると、国内観光の「1年間に行った旅行」、「行ってみたい旅行」の双方で「温泉旅行」がトップに立っている。

 それでは、温泉は一体いつごろから、どのような形で人々に利用されるようになったのであろうか。

 実は、温泉については、大己貴命(おおなむちのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)が種々の病気で苦しむ民衆を救済するために温泉を取り立てて以来、入浴するという習慣が始まったと言われるほど、その利用の歴史は古いのである。全国の温泉の中には、開湯や発見の伝承が古代にまで遡(さかのぼ)れるものも少なくないだろう。ただ、その利用法に関しては、現代のようなレジャーの一環ではなく、もともとは湯治、即ち病気や傷の治癒を目的にした医療行為の一つとして人々に認知されていたようである。江戸時代には、儒医学者の手で温泉の効能や利用法について細かく記した書物が著され、温泉での滞在方法も約7日間を「一廻り」とする目安を設け、長期滞在することが多く、現代の一般認識とは異なる温泉入浴=医療という考え方が、少なくとも前近代全般を通して主流であったようである。

 しかし、だからといってその時代に単純な観光目的の旅行者が存在しなかったかといえばそうではない。旅の遊山(ゆさん)化・大衆化が進んだとされる江戸時代の後期には、名所や景勝地めぐりのコースの中に温泉滞在を組み込み、1、2泊の温泉宿泊形態をとる旅行者が増加していった。全国の温泉の見立番付である「諸國温泉功能鑑(しょこくおんせんこうのうかがみ)」が刊行されたのもこの頃のことである。ツアーのような形で旅行者が大挙して訪れ、周辺に各種のレジャー施設が付設されるなど、温泉が本格的な観光地として発展していくのは近代以降のことであろうが、それ以前から、温泉は旅の目的地として人々の関心を集めていたのである。


「慶応元年仙台城下図屏風」。仙台藩領には、鳴子・川渡・鎌先・秋保・青根など、全国的にも有名な温泉がいくつも存在した。歴代の藩主や藩士、著名な文化人もしばしば入湯に訪れていたようである(仙台市博物館蔵)。

「奥州仙台名所尽集」より南宮の項。江戸時代後期。旅が一般庶民に身近な存在となった江戸時代には、こうした名所旧跡の案内書が数多く編纂された(仙台市博物館蔵)。

「諸國温泉功能鑑」。江戸時代後期。最高位の大関は、東に草津、西に有馬。秋保温泉(仙臺あきう湯)は、西の4段目(右から4つ目)に登場する。効能は「づつうによし」(頭痛によし)とある(神戸市立博物館蔵)。
秋保温泉の歴史
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